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人生には何が起きてもおかしくないよね

去年の夏、過度のストレスと急激な暑さとで、街中で倒れ救急搬送された病院で

私を診てくれた内科医が私の両の手首を見てつぶやいた。

「ずいぶん辛い事があったんだね」 と。

。。。

10数年前までひどい鬱状態にあり

常に死へのスパイラルに飲み込まれていた時

大量服薬とリストカットを繰り返していた。

普段脈をとるポイントに指を置く向きに対し垂直にナイフの刃を突きつける。

私を守るために、かつて看護師の知人がわざと教えてくれたのかもしれない。

「手首の動脈は深く、その周りを筋が守るように取り巻いているのだから

本気で手首を切りたいのなら

先ず血管に沿って縦に深く切り込みを入れてから動脈を切らないと

リストカットでヒトは簡単には死ねないのだ」

その変な?知識のせいで、ためらい傷といえばそうなのだが

marutaの手首には縦横に約2センチほどの

ケロイド状になった傷跡とも判別し難いものが残っている。

要は、勢いではなく手順を踏まなくてはならないから(と思っているから)

ナイフの刃を手首に食い込ませ、体の方に引いていくのが余りに痛すぎて

いつも2センチかそこらで止まってしまう。

傷跡の上に傷を作り、まだ治りきっていない傷口を開くようにさらに深くナイフを入れる

それの繰り返しだから、傷口は醜いケロイド状になった。

。。。

朦朧としている頭で、見ず知らずのドクターに「辛かったんだね」と言われているのを聞いた時

こんなにも心に響く言葉を使える、『察する』ことができる人がいるんだ、とたまらなく嬉しかった。

『察する』という力、能力は時に人の生き方に変化点をもたらすことがある。

最近、よく感じる。

人生には何が起きてもおかしくはない。
 
この年齢になって初めてそう思うよになった。
(marutaは今年歳女です)

。。。

昨年末頃から、自分の病気が治りたいという希望を失ってしまった。

別に死にたいとかそういうことではない。

ただ希望を見失ってしまっただけなのだが、それが以外と辛かったりする。

このまま治ることもなく何の役に立つこともなく、ただ一人生きていくのか。。。

誰の役にも立てないのなら生きている意味はあるのだろうか・・・

といえば友人は「少なくとも私の役に立ってるよ」と宣ってくれる。

苦笑いをするしかないのだが、そんな話をしている時

ある人から一緒にJICAに行かない?と誘われた。

半分は冗談だったかもしれない。

でももしかしたら、最初のオファーだったのだろうか。。。

本人はかなり本気で計画を立てている様子。

もしJICAボランティアに参加するならば、今この病状をずっと回復させておく必要がある。

いつかはアフリカへ、と私の中ではずっと以前時から決まっていた。

旅行ではなくアフリカの地で何かの役に立ちたい、と。

それならば薬に頼らなくてよい身体にして、アフリカへ長期ボランティアへ行くという計画を立ててみようか?

それは、久々に私の中に希望を見出したような気がした。

私をJICAに誘ってくれた友人の『察する力』

が、磁石が引き合うように私の中の生きていく希望のかけらを引きつけてくれた。

今はまだ体調が良くなく、新しい病院への転院をしなければならなくなったのが現実なのだ。
(現在受診中のドクターに匙を投げられたようだ・・・)

でも考えてみて。

これも一つの変化点なんじゃない?

うん、うん。

キューバの青年にも英語レッスンの中で力説された。

「希望は決して失ってはいけない。必ず治ると信じ続けるんだ 」 と。

そうだね。

新しいクリニックと新しいドクターとの出会いが、良い方向へ向かうことを希求し

計画を練り始めてみよう。

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ささやかな・・・

目をつむって想像して欲しい

たった2秒間、そっと触れあった唇

その後、相手の目を見るまでにどんなためらいが、生まれるだろうか・・・

どんな恥じらいが、どんなときめきが生まれるのだろうか?

。。。

正直に言って

marutaのファーストキスは「最悪」そのものだった。

ヴァージン喪失はまるでもぎ取られたようだった。

思い出すだけで、怒りが湧いてくる。

だから、できることならファーストキスのやり直しをしたい。

そんなmaruta の切なくささやかな妄想なのだ。


PEASE GO THRUGH




 
頭,混迷中につき、今日の記録は 「COUNFUSED」 により

スルーしていただくようお願いいたします。







シークレット

眠すぎる。

一昨夜、深夜にレッスンを受け、その勢いで長い長い文章を書いた

marutaは昨年あたりからとても眠りが浅く、どんなに寝不足でも一時間ちょっとで目が覚めてしまう。

寝ては起き、少し何かを片してからまた浅い眠りを繰り返して日を送る。

しかし今日は、かなり限界かも。

普段うとうとすることのない私が、気がつくと10数分眠っていたりする。

なぜ?

。。。

恋をしているから。

うそ。

依存できる相手と長いメールのやり取りをするために脳をフル回転して

かつての記憶を整理して導き出した考察をわかりやすい文章に置き換える作業をしているから。

これはとても時間のかかる作業なのだ。

それが辛い記憶であればあるほど。

。。。

依存できる相手との文章のやり取りは、恋心に似ている。

回を重ねるごとに内容が徐々に赤裸々になっていく。

だから時々錯覚してしまうのだ。

相手に恋心を抱いているかのように・・・

しばしsweetな気持ちに酔ってみるのだけれど

そうはならない現実に目を醒ます。

大切な人に全てを明かす必要はない。

問題にならない程度のシークレットは誰にでもあるのだ。

「この人とは一緒になれない」

付き合いながらそう思った男性がいた。

嫌いなわけでも、飽きたわけでもない。

いわゆる道ならぬ恋、もしくは情事というやつだったけれど

その人がとても好きたっだ。

それでもそう感じてしまったのだ。

でも一度も結婚して欲しいとか、

奥様と別れて欲しいとか思ったことがなかった。

いつも一緒にいたせいもあるかもしれない。

でも、そう感じた後、私は彼に宣言した。

「あなたとはきっとこのままの関係を続けるしかないだろう。

だから、私はあなたとは別れないけどある程度自由に男性と付き合っていく」と。

彼との恋愛には、私を束縛しない自由さがあった。

結局5年付き合った。

今も友人として関係は続いている。

。。。

恋愛ってどういうことなのだろう。

時々思う。

私は本当に恋愛をしたことがあるのだろうか、と。

ひどく寂しく辛い時に手を差し伸べてくれた人に懐く恋慕は恋なのだろうか?

それは恋ではない。

それは依存?

けれど依存と分かっていても、抱き合うことで悲しみや辛さを和らげてくれはしないだろうか・・・

心の傷・空洞・囚われが少し和らぐことはないだろうか。

でもそれは恋ではない。

似たような経験をしたもの同士は、相手の苦しみがよく理解できる。

でもそんな二人は本当に恋に落ちることができるのだろうか?

。。。

こんなことを思うのは

ここのところずっとひどい発作に見舞われているから。

そして一人、慟哭しながら薬を頼りに眠りに落ちることを繰り返しているから。

本当に理解してくれる人の言葉は心に染みこんで痛みを和らげてくれる。

本当に好きな人の気遣いは、ただ放り出されている気持ちになってしまう。

。。。

私は一体どうしてしまったんだろう・・・・

プロフィール

maruta

Author:maruta
ごきげんよう
東京田舎生活、時々都会。
かつて味わった美味し〜いワインの味を忘れそうで怖い
引きこもり人のつつがない生活の記録。

グロウエフェクトの写真に皆様騙されてくださいませ。

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